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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)3963号 判決 1966年4月30日

原告

友沢康範

ほか二名

右三名訴訟代理人

津田勍

ほか二名

被告

株式会社第一工学

右代表清算人

木村嘉彦

被告

木村嘉彦

右両名訴訟代理人

水田猛男

被告

河南観光ゴルフ株式会社

右代表取締役

道木茂信

被告

道木茂信

右両名訴訟代理人

西田順治

主文

一、被告株式会社第一工学、同木村嘉彦同、同道木茂信は、各自

原告友沢康範に対し金五〇万円

同 友沢真理子に対し金五〇万円

同 友沢君子に対し金五〇万円

および右各金員に対する昭和三七年四月一九日より右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告河南観光ゴルフ株式会社、同道木茂信は、各自

原告友沢康範に対し金五〇万円

同 友沢真理子に対し金五〇万円

同 友沢君子に対し金五〇万円

および右各金員に対する昭和三七年四月一九日より右各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、第一、二項に限り仮に執行することができる。

五、被告株式会社第一工学、同木村嘉彦、同道木茂信において、各自、原告康範に対し金四五万円、同真理子に対し金四五万円、同君子に対し金四五万円の、各担保を供するときは右第一項についての仮執行を免れることができる。

六、被告河南観光ゴルフ株式会社、同道木茂信において、各自原告康範に対し金四五万円、同真理子に対し金四五万円、同君子に対し金四五万円の、各担保を供するときは右第二項についての仮執行を免れることができる。

事実

第一  原告の申立

主文第一、二、三項同旨の判決ならびに仮執行宣言。

第二  原告の主張

一、本件交通事故の発生

発生時 昭和三七年四月一九日午前六時三〇分頃

発生地 大阪府高槻市富田町一七三番地附近先路上

事故車 自家用普通乗用車、大五れ一七四八号、ニツサンセドリツク

運転者 訴外荒木隆

態 様 右荒木は、右路上を西に向け進行中、前方二百数十米の地点を道路右端より左端方向に横断する亡友沢勝を認めたが、そのまま運転を継続し、同人との距離が後三〇米まで接近したときはじめて急制動の措置をとり、かつ左に避けようとしたが及ばず、同車左前部を右亡勝に激突させてはねとばし、よつて同人をして頸椎骨骨折等により即死せしめた。

二、運転者荒木の過失

イ、制限速度(時速四五キロ)をこす時速約六〇キロで運転した過失

ロ、進行中前方二百数十米の地点に進行道路右側より左側へ横断歩行する亡勝を認めたのであるから、同人の動静に応じ避譲ないし停車できるよう徐行すべき注意義務があるところ、これを怠り急停車の措置をとるも及ばない三〇米の至近距離にいたるまで同一速度のまま進行を続けた過失がある。

三、責任原因

一次的主張

(一)  被告河南観光ゴルフ株式会社について―使用者責任

被告河南観光ゴルフ株式会社(以下河南観光という)は、荒木隆を運転手として雇い本件事故は同被告の業務の執行につき生じたものである。すなわち荒木は、昭和三七年二月頃被告河南観光に入社し、以後右被告の代表取締役である被告道木の専用車の専属運転手として働いていたが、事故発生の五日ほど前、道木より被告株式会社第一工学(以下第一工学という)に赴いて被告木村の社用と私用とを兼ねて使われている自動車を運転するようにとの業務命令をうけ、被告河南観光に在籍のまま臨時派遣されて事故車運転を担当していたものであり、本件事故は右事情のもとに発生したものであるから、被告河南観光の事業の執行につき生じたものというべく、したがつて同被告は民法七一五条第一項により違法加害者荒木の使用者としての責任がある。

(二)  被告第一工学、同木村、同道木について―保有者責任

右被告三名は左記の態様により、いずれも事故車を自己のため運行の用に供していたから、いわゆる自動車運行者としての責任を免れえない。

(1) 被告木村は、当時事故車を所有し、右車を同人が事実上主宰する被告第一工学の社用に供しかつ私用をはたすためにも使つていた。そして本件事故は被告木村が社用と私用とを兼ねて東京へ出張するため伊丹空港へ赴く途中発生したものである。

(2) 被告第一工学は、事故車を会社の業務のため使用していた。

(3) 被告道木は、被告第一工学ないしは同木村を訪れる際同人が人的に直接支配するところの荒木に事故車を運転させて乗車し、右車を道木個人のため運行の用に供していた。

二次的主張(被告木村、同道木についてのみ)―代監督者責任

(1) 被告道木は、荒木の使用者である河南観光に代つて、社用運転手荒木の選任監督に任ずべき者であり、かつ事故当時荒木に命じて事故車を運転させていたところの第一工学に代つて右第一工学の指示をうけてその業務のため事故車運転に専従していた荒木を監督する者である。よつて前記被告河南観光の責任原因事実に右代監督者性を加えることにより、被告道木は河南観光および第一工学に代つて荒木を監督する者として民法七一五条第二項による責任がある。

(2) 被告木村は道木についての右(1)中の第一工学関係部分と同旨の根拠にもとづく責任がある。

すなわち、まず被告道木は

(イ) 河南観光の代表取締役であり、河南観光の被用者荒木を河南観光の社長専用車の専属運転手として、自ら直接に具体的指示を与えて使用していた。

(ロ) 荒木に対し前出臨時派遣する旨の業務命令も発している。

(ハ) 形式上は第一工学の取締役であるが、事故前日には第一工学の代表取締役日野義一辞任の後を継いで、その地位につくことを承諾しており事故時は実質上の第一工学代表者であつた。

(ニ) 木村と自己両名のみで第一工学がその用に供する事故車を使用し荒木に運転を命じていた。

次に被告木村は第一工学の取締役しかも社員が一人もいない第一工学の唯一の常勤取締役として右第一工学の業務を主宰し、第一工学の業務のため事故車の運転にあたる荒木に対し具体的指示を与えて自己の監督下においていた。

三次的主張(被告木村、同道木についてのみ)―債務負担の約定による責任

(1) 昭和三七年九月頃、被告木村は原告らに対し、本件交通事故にもとづく損害を被告第一工学と連帯して賠償する旨を約した。

(2) 事故発生当日、被告道木は原告らに対し、被告第一工学あるいは同木村が本件交通事故にもとづく損害の賠償を履行しないときには、被告道木が右賠償の責任を負う旨約定した。<以下省略>

第三  被告第一工学、同木村の主張

(一)  答弁<省略>

(二)  反論

(1)  被告木村は事故車を所有せず、また被告第一工学、木村において右自動車を常時使用したこともなく、事故当日ただ一度だけ被告第一工学の用務のため同木村が乗車していたにすぎず、両被告とも運行者とはいえない。右事故車を所有し運行の用に供するものは訴外馬場忠夫である。

(2)  荒木は被告第一工学・木村の被用者ではなく、被告河南観光に雇われていた運転手であり、事故発生の数日前より右河南観光社長である被告道木が臨時に右車の運転に従事するよう命じて運転にあたらせていたものである。

第四  被告河南観光、同道木の主張

(一)  答弁<省略>

(二)  抗弁―示談成立

直接加害者荒木および訴外馬場忠夫と原告らとの間において、本件事故による損害賠償につき、原告らが自動車損害賠償保険金を受領するほか一切の請求権を放棄する旨の示談が成立している。被告河南観光・道木は、右示談契約の当事者とはなつていないものの、本件事故にもとづく賠償の第一次的責任者は加害者荒木であり、荒木と原告らとの間に示談が成立すれば、第二次的責任者たる自動車保有者および荒木の使用者としての各責任は消滅したというべきである。

(三)  反論

(1)  被告河南観光の責任について

荒木は、事故発生の数日前より被告第一工学に臨時雇傭され、給料も同被告より払われ、右被告の唯一の常勤取締役であつた被告木村の指揮命令に服して第一工学の業務のため事故車の専属運転を担当していた。本件事故は右木村を乗せて伊丹空港に向う途中に発生したものである。

したがつて荒木は、当時単に名目的に被告河南観光に在籍していただけにすぎず、河南観光の指揮命令に服する被用者としての地位は既に離脱しており、また河南観光の業務には第一工学へ臨時雇傭された以後まつたく携わらず、本件事故は河南観光の指揮監督に服する被用者に非ざる荒木が、被告河南観光の業務執行とは関係がなく惹起したものであるから、右被告に使用者責任はない。

(2)  被告道木の保有責任について

当時荒木に指揮命令を与えうる立場になく、事故車およびその専属運転手荒木のいづれにも支配権限を欠いていた。

(3)  被告道木の代監督者責任について

(イ) 被告道木は、同第一工学の取締役ではあつたが、これは木村より依頼されて単に名義を貸したにすぎず、第一工学の業務にはまつたく関与せず、取締役としての手当報酬さえ受領していない。したがつて当時被告第一工学の取締役として第一工学に代つてその被用者荒木を監督する義務はもちろんその可能性さえなかつた。

(ロ) 被告道木の河南観光に代つての監督者責任は、河南観光の使用者責任の存在することを前提とするところ、右前提要件のないことは反論(1)のとおりである。また被告道木の荒木に対する第一工学への出向(臨時雇傭)命令は、河南観光代表者としてのものであり、かつ加害自動車を特定して出向を命じたものでなく、単に第一工学へ赴いて木村の指揮をうけるようにと命じたにすぎない。そして右出向後、荒木に対し被告道木が河南観光に代つて監督する地位ないし可能性すなわち荒木との間の指揮命令およびこれに対する服従の関係はなかつた。<以下省略>

理由

<各項目末尾に列挙の認定証拠省略>

一、本件交通事故発生

1  原告と被告河南観光、同道木との間では、原告主張の交通事故が発生したことは争いない。

2  原告と被告第一工学、同木村との間では、原告主張の交通事故が発生したことが認められる。

二、運転者荒木隆の過失

本件事故発生につき荒木に原告主張の過失があつたことが認められる。

三、責任原因

(一)  被告第一工学、同木村について

(イ)  被告木村は、以前普通自動車トヨペツトニューコロナを所有して、右コロナを同人が取締役として主宰する被告第一工学の業務および私用を各はたすために使用していた。

(ロ)  事故発生の五日ほど前、被告木村は、右コロナと馬場忠夫が大阪日産自動車株式会社より所有権留保つきで買受け使用していた事故車とを交換し、即日被告木村は、馬場に対し、両車の価額差による交換清算金約三〇万円とそれまでに自動車修理業者である馬場に自動車を修理してもらつて未払となつていた修理費約九万円とを合せた額面三九万五、六〇〇円の約束手形を振出交付し、以後事故車を取得してコロナのときと同様、被告第一工学の業務に充てかつ木村私用のためにも使つていた。なお被告木村において右手形の決済をしないため馬場はやむなく一〇万円に減額し、そのうち五万円の支払をうけただけで今日に至つている。

(ハ)  被告第一工学は、被告木村の有する特許権を、第三者に通常ないし専用実施させ、その対価を得て技術開発にあたるのを業とするものであつて、被告木村の他に会社業務を担当するものがみあたらないいわゆる個人会社であり、被告木村は自ら会社事務をとり、また木村個人所有のニユーコロナあるいは事故車を被告第一工学の常雇ないし臨時雇運転手をして運転させ第一工学の渉外の仕事をしていた。なお木村は自ら運転ができず自宅への送迎も事故車によりなされていた。

(ニ)  事故発生の五日ほど前、被告第一工学にそれまで勤務していた運転手村尾が出社しなくなつたので、被告木村は同道木に運転手の派遣を依頼し、以後右派遣された被告河南観光の被用運転手荒木をしてニユーコロナおよび事故車を被告木村の指揮監督のもとに運転させていた。

(ホ)  事故時、被告木村は、同第一工学への出資予定者と会談するために上京すべく、伊丹空港へ向つて荒木に事故車を運転させていた。なお運転者荒木は、被告木村より、事故当日飛行機で上京するから所定時刻に木村宅へ迎えに来るようその前日に予め命令をうけていたものである。

右事実によると、被告第一工学および同木村はともに事故車の運行を支配し、かつ、運行による利益を亭受していたものであり、事故車を自己のために運用の用に供する者というべきである。

(二)  被告河南観光の責任原因

(イ)  被告道木は、資本金五〇〇万円の被告第一工学において出資金額一〇〇万円の株主でありかつ第一工学取締役であつたところ、事故日の数日前被告木村より自分のところの運転手がいなくなつたので被告道木が代表取締役をしている河南観光の運転手を半月ほど貸して欲しい旨を依頼され、ただちに社長専用車運転手荒木に対し、しばらく第一工学で手伝つてやるようにとの業務命令を発した。

(ロ)  右命令に基き荒木は以後前記第一工学および木村が共用するニユーコロナおよび事故車の運転に専従した。

(ハ)  右業務命令がなされたのは、被告道木個人が同木村に数回にわたつて金員を貸付け、それをまとめて被告第一工学へ前記約一〇〇万の出資という形に切りかえていたところから、第一工学の企業活動を支障なくつづけさせて右投資金の安泰をはからんがためであつた。

(ニ)  右業務命令による荒木の第一工学への臨時派遣は、被告河南観光の好意ないし奉仕による無償のものであり、かつ期限は短期不確定にすぎず、荒木はまもなく被告河南観光の仕事に戻るべく予定されていた。

(ホ)  荒木は、昭和三七年二月頃被告河南観光に入社し、事故の数日あと依願退職をして被告第一工学へ入社したものであるが、本件事故発生当時は依然として被告河南観光に在籍する運転手であり、被告河南観光は、荒木に対し任免権をもち、かつその反面給料の支払義務(給料は、臨時派遣後の分につき実際には日割計算で第一工学が支払つていることが、これは被告河南観光に支払義務が消滅したことにもとづくものではない)を負担するものであり、また当然さきになされた業務命令の撤回変更権限を有するものであつたから、荒木についての対人統制権を有し、したがつて指揮監督の可能性がありかつ義務をも負う者であつた。

(ヘ)  荒木の第一工学における被告木村の指揮をうけての加害車運転行為は、前記業務命令の忠実な執行というべく、かつ右業務命令は、「第一工学」「自動車運転」という荒木の労務提供場所および労務内容を特定してなされたものであり、ただ具体的な労務提供方法のみについては、被告木村の指示のもとになされるというにすぎず、かつ木村の右指示をうけることを被告河南観光としては容認して、逆にいえば木村に対し方法指示権のみを白地委任して、その方法指示権にみあう限度での荒木に対する支配監督権限を、被告河南観光の自由意思と危険負担のもとに木村に代理行使させていたものである。

(ト)  営利団体である(商法五二条)被告河南観光の、営利追及のための人的素材たる荒木の他会社への派遣は、天災救助、慈善等社会生活上公共目的のものとして容認される特段の事情のもとになされたものでないこと明らかであるからには、かりに被告河南観光の組織やその活動とは具体的に明確な関係があるとみえなくとも、なおその営利目的を遂行することと無関係な行為としてなされたものというべきではなかろう。そして荒木は事故当時被告河南観光の自動車運転を担当していなかつたものの、荒木が第一工学に赴いてその用に供する自動車を運転することを河南観光は、その企業活動上自ら望んで命令しており、かつ被告木村の指示をうけるという形での荒木の被告河南観光に対する労務提供を容認していたものである。本件事故は、右のごとき状況においての荒木の運転行為により発生したものである。

以上認定ないし説示によれば本件事故は被告河南観光の被用者たる荒木が同被告の業務の執行につきひきおこしたものというべく、被告河南観光は民法七一五条第一項による責任を免れえない。

(三)  被告道木について

(1) 運行者責任

被告道木が本件事故車の運行者であることを認めるに足る証拠はない。

(2) 代理監督者責任

(イ) 被告道木が当時河南観光の代表取締役であつたことは争いなく、右河南観光が加害運転者荒木の使用者として民法七一五条第一項により原告らの本件交通事故による損害を賠償すべき責任があることは前示のごとくである。そして右荒木が河南観光の社長である被告道木の乗用車の専属運転手として雇われ、右業務に、第一工学へ臨時派遣された時まで、専従していたことも前記認定のとおりである。

(ロ) 荒木は河南観光に入社した昭和三七年二月以後、一般的にも河南観光社長である被告道木の業務に関する命令に服すべき地位にあつたのみならず、具体的にもその運転業務につき、直接に乗車する被告道木の指示にしたがつてその監督下にあつた。

(ハ) 荒木の入社にあたつて、被告道木は直接に口頭で今日からうちにきて運転してくれという選任決定をした。

(ニ) 被告道木は、河南観光の代表取締役として法令定款にしたがいまた委任の趣旨に則り、忠実にその職務を執行すべき義務(商法二五四条の二)があるところ、右忠実義務に違背して、前記認定の被告道木個人の出資金の安全をはかる目的で、河南観光の組織およびその活動とは具体的に明確な関係があるともみえないところの第一工学に向け、自己の直接支配下にあつた河南観光の被用運転手荒木の臨時派遣を自ら命じている。

(ホ) 右業務命令を発する際、社長である被告道木と運転手荒木との中間に位すべき河南観光の役職者は何ら関与していない。

(ヘ) 荒木は、昭和三四年九月に人をはねて入院一ケ月の傷害を負わせたほか昭和三五、三六年に各一件づつスピード違反を重ねていずれも運転停止処分をうけているのに、被告道木は荒木の選任監督にあたつて自動車の運転操作についての注意を与えていない。

以上の事実を総合すると、被告道木は荒木の使用者である河南観光に代つてその被用運転手荒木の選任監督を具体的に担当していた者というべく、したがつて同被告は民法七一五条第二項に基き、原告らが本件交通事故により蒙つた損害を賠償すべき責を免れえない。

四、損害の発生

(一)  亡勝の得べかりし利益の喪失

(イ) 亡勝は、事故の約四年前より株式会社浪花組に常傭の左官職として働いており、一二月と一月以外は毎月四日間の休日を除いて稼働を続けていた。なお一二月と一月は、年末年始のため平常月より二日ないし四日の休日増となつていた。したがつて勝は、年間少くとも三〇〇日は稼働していたことになる。

(ロ) 右勝は既に一人前の職人であり、日給は当時一、七〇〇円であつたがその額は物価の上昇に伴つて漸増することになつていた。そして勝が扶養していた原告ら三名をも含めた亡勝一家の生活費は一ケ月二万円であり、したがつて亡勝の月間生活費は原告ら自認の一万五、〇〇〇円を上廻ることはありえない。したがつて亡勝の年間純益は三三万円となる。

(ハ) 亡勝は当時二四才三月の健康体で、その足腰も足場を組む高所での作業に耐えられるほど頑健であり、また注意力もあり、したがつて本件事故がなかつたならばなお平均余命たる四四・八七年は生存しえてうち六〇才余までの三六年間は左官として稼働し、前記割合の収益をあげえたものというべきである。

(ニ) したがつて亡勝の得べかりし利益の現価は、年五分のホフマン方式計算法によると、六六九万〇、六一六円となり、同人はこれを失つたものというべきである。

(二)  原告らの慰藉料

原告康範・真理子は亡勝の実子、原告君子は亡勝の妻であるところ、亡勝を本件交通事故により失つた当時、康範はほぼ二才、真理子は生後七ケ月の乳呑児であり、結婚三年にして一家の支柱たる勝を失つた君子は、生活の途をも絶たれたため、幼児二名をかかえて実家へ身を寄せ、姫だるま作りの内職を細々と続けることにより辛うじて生計をたて、子供を養育するのに身を砕いている有様である。原告らが夫または父の生命を奪い去られた精神的苦痛は大きくこれを評価すれば原告ら各自につき一〇〇万円を下ることはない。

(三)  承継

原告らは、右認定の身分を有するから、亡勝の前出逸失利益六六九万〇、六一六円の賠償請求権を、法定相続分にしたがい各自三分の一あて承継したものといえる。

(四)  填補

原告らが、自賠法による保険金五〇万円および被告木村・道木より一一万円弱の計六一万円弱を受領したことは、その自認するところであり、その充当につき特段の事情が認められないから、右金員は原告らに各自三分の一あて填補されたものというべきである。

(五)  まとめ

以上を総合すると原告らの損害賠償請求権は、各自承継分二二三万〇、二〇五円、固有分一〇〇万円の計三二三万〇、二〇五円から、受領済の二〇万三、三三三円を控除した三〇二万六、八七二円となる。

五、示談の成否およびその効力の有無

被告河南観光、同道木主張の示談が成立したことを認めるに足る証拠はみあたらない。すなわち示談書と題する書面(甲一八号証)が作成されたことは窺えるが、原告本人友沢君子及び右書面の内容を記載したところの被告木村本人の供述によれば、本件交通事故に関しての示談は結局成立するに至らなかつたことが認められ、また右書面の記載をみると「保険金請求」および「告訴告発」なる文言があつて、保険金請求と刑事事件のために右示談書が作成されたことが認められ、このことはその末尾に「殿、御中」という保険会社または警察署長等の名宛人を予定していたことからも容易に裏付けられる。仮に原告らと訴外荒木、馬場らとの間に、被告河南観光・道木の主張するごとき示談が成立したとしても、右被告らはその固有の発生原因に基き不真正連帯の関係で自らの損害賠償義務を負うものであるから、右示談は同人らの賠償義務に消長を来さない。

六、結論

してみると、被告らは、各自原告らに対し、各原告とも三〇二万六、八七二円あての支払義務を不真正連帯の関係で負うものというべく、したがつてその一部ならびに損害発生の日である昭和三七年四月一九日より完済まで年五分の遅延損害金の支払を求める原告らの本訴請求はすべて正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条・九三条、仮執行につき同法一九六条を適用のうえ主文のとおり判決する。(亀井左取 今枝孟上野茂)

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